過去の通院歴などADHDを見てくれる病院は少ない

今日は10:30に起きました。浅い眠りの3時間睡眠なのでかなり辛いです。すぐにコンサータをいれて目を覚まします。朝起きた時から今日は歩きやその他はいいからブログ関係をやろうと決めていました。2日間殆どブログ関係をやらなかったので今日こそはという感じです。復職して働きだしたら更新できない日もかなり出てくるでしょう。でも今は休職中で睡眠の不調以外は基本的に元気です。今書かなきゃいつ書くんだ?という思いがあります。

僕のブログはテーマを決めていくつか複数やっています。小遣いまたはそれ以上を目指して書いています。このADHDのブログは趣味で書いているのでお金のことは考えていません。自分でADHDじゃないか?とかADHDと診断されていて苦労しながら社会を生きている人達に何かしら良い影響を与えられらたらいいなと思って書いています。

また僕は躁鬱なため、鬱の辛さも躁のヤバさも知っています。僕が躁転したのは記憶にある中で3回あって、そのうちの1回は気が付いたら会社を辞めて1000万の借金がありました。自分は事業を起こせるんだと思い込み会社をやめて借金していたんです。躁は人生を破壊してしまうので本当にヤバいです。鬱にも散々苦しめられました。今回の休職も鬱が原因で集中力の低下がおきADHDのミスが酷くなっての休職です。

若い頃にも鬱で会社をやめて何年も引きこもっていた時期がありました。当時は彼女がいたのですが何年も続く鬱に愛想をつかされてわかれてしまいました。若い頃はまだADHDという言葉が世に知れ渡っていなくて、コンサータもまだない時代でした。鬱になる前はコーヒーを毎日10杯ぐらい飲んで無理やり覚醒させてなんとか仕事をしていたのを思い出します。当時の先生がこの前セカンドオピニオンにいった先生で、僕の病状を当時はあてれませんでしたが、基本的に勉強家でだめな先生だとは思っていません。

僕のADHDを見つけたのは今の主治医ではなく、実はカウンセラーなんですよね。毎週カウンセリングにいっていたら、あなたはADHDの疑いがある。ストラテラを飲んでみたらどうか?と言われて当時今の主治医が主治医だったのですが、先生を変更してストラテラを飲みだしたのがADHDの治療の一歩でした。その後コンサータを処方してもらいたくてやぶ医者にかかって躁転して会社をやめて困っていた時に主治医が独立したので今の主治医に落ち着きました。1回コンサータの処方でひと悶着あり、他の医者に変更してみたのですがこれがやぶ医者で鬱を悪化させて主治医のところに戻りました。昔を思い出してだらだらと書いてみましたが、ADHDと診断された人もいろいろな経緯があってADHDの診断にたどり着いていると思います。コンサータを処方できる医者が少なすぎて探すのに一苦労しますし、せっかく見つけても混んでいて予約が取れなかったり、場所が遠すぎて通えなかったりします。僕も今の主治医のところには1時間弱かけて通院しています。コンサータの乱用を防ぐのはわかりますが、ADHD患者の身にもなってほしいものです。

筆者 竹中@ADHD

若いころは鬱に悩まされてきたがADHDと躁鬱であることが判明し、病状が安定しだす。人生何回もずっこけてもそのたびに立ち上がり人生をやり直してきた初老。ADHD/躁鬱と共に生きていく覚悟を決めて会社組織の底辺で細々とくらす。ADHDの気づきなどをブログに残し誰かの力になれたらと思いこのブログを執筆する。

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